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【クレヨンしんちゃん】宇宙人シリリから親子関係を考える【ネタバレ】

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みなさんこんにちは、人生の明るい迷子・卯月つねです。

今回も、先日見たクレヨンしんちゃん(以下:クレしん)の映画「襲来!宇宙人シリリ(以下:「宇宙人シリリ」)」について色々と語りたいなぁと思っています。

↓↓映画を見た当日の感想やら考察やらはこちらから↓↓

関連:【クレヨンしんちゃん】映画「襲来!宇宙人シリリ」を語る【ネタバレ・感想】

この関連記事で、今回のテーマは「友情」と「親の支配」が大きなテーマだと見ていると記載しています。

こちらの記事では、2つ目のテーマ「親の支配」についてもっと色々と語ろうと思います。

※色々ぼかしてはいますが、やはりストーリーのことを色々話しているので、ネタバレ注意です。

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親の支配力について

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「宇宙人シリリ」の中で印象的なのが、シリリとその父親との関係性です。

実はシリリは劇中、地球人を全員子供に戻して再教育する「人類バブバブ化計画」という父親の野望のために利用されているのですが、純粋に父親のために役目を果たそうとするシリリの姿勢をたびたび見ることができます。

その中で垣間見えるのが、「父親の言うことは絶対」ということ。

そこから私は「この映画は「親の支配力」ってテーマもあるのかなぁ」と考えるようになりました。

そして「親の支配力」というテーマをもう少し細かく分類するとしたら、「しつけ・教育方針」「父親と息子の関係性及び父親の姿勢」となるのではないかととらえました。

しつけ・教育方針について

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正直「しつけ・教育方針」という言葉が合っているのかはわかりませんが、とにかくシリリの父親は頑固すぎますw

なので、シリリに対しては「自分(親)が正しいんだから、子供は自分(親)の言うことを聞いていれば良い!!」という姿勢で接しています。

これは、父親の野望である「人類バブバブ化計画」にも見られます。

父親の地球人に対する印象は「暴力的」「無関心」などといったネガティブな物でした。

だから争いとかが起こるんだ、ならもう1度子供に戻して自分たちが再教育を施せば良い!というのが「人類バブバブ化計画」なんですね。

この計画とシリリに対する姿勢から、父親は「自分が敷いたレールを子供に歩かせる」という教育方針を持った親(大人)であることが分かります。

現実にもいますよね、「お父さん(もしくはお母さん)に任せてれば良いのよ~」っていう親。

シリリの父親は、あんな感じなのかなぁと見ていて思いました。

父親と息子の関係性について

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今回シリリの父親を演じた雨上がり決死隊の宮迫博之さんは、パンフレットにてこう語っています。

シリリのことを考えているんだけど、自分の意思を押し付けすぎる面があるんです。その部分では収録しながら「こんな親はダメだな」って勉強になった部分もありました

(公式パンフレットより)

宮迫さんが言うように、シリリの父親は「こんな親になりたくない」を形にしたような言動をとります。

それが顕著に表れるのが、劇中にたびたび出てくる「父の教え」です。

冒頭からこの「父の教え」が出てきて、そのあとも何度かシリリが野原一家との旅の道中で「父の教え第○条」と言葉にするところがあります。

段々と「父の教え」とそれを厳格に守るシリリを見ていくうちに、父親がとても支配的なことを感じました。

自分の考えを子供に押し付けて、子供の行動を制限しているような、そんな印象を見ていて抱きましたね…。

シリリと父親の関係性は、支配・被支配の関係性となっていて、親子関係として疑問視したくなるようなものでした。

父親の姿勢についてーひろしはやっぱり理想の父親だったー

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個人的になんですが、「宇宙人シリリ」ではシリリの父親としんのすけの父親・ひろしの対比がとても印象的です。

ストーリーの中では主に子供の姿で動くことになるのですが(写真では真ん中がひろし)、それでも父親としての力強さや役目をにじみだしています。

パンフレットの監督インタビューにて、こんなものがありました。

Q.ひろしとみさえが子供の姿になってしまうというのも面白かったです。またひろしがすごく頑張っていましたよね。

A.ひろしだけが唯一ベビーカーを推せるし、ひまわりを抱き上げられる。だから「自分がやらなきゃ」という気持ちが今まで以上に強かったと思います。

いつもならみさえと一緒に子供たちを守っていたのが、みさえも含めて守らなければならなくなったわけですから。そういう意味では今回のひろしはけっこう追い詰められていたんじゃないかと思います。

(公式パンフレットより)

インタビューでの回答にあるように、作中ではひろしが家族を守ろうと奮闘する場面があちこちに現れてきます。

その顕著な場面の1つが、静岡でのヒッチハイクの場面ですね。

子供たちだけでのヒッチハイクで、拾う人がいるのかどうかわからないのに、途中雨が降ってもひろしは諦めずに車を捕まえようとします。

また、人類バブバブ化計画を遂行しようとするシリリの父親に立ち向かう際に放つ「俺は…たとえ子供になっても、家族は俺が守る!!」というセリフには、父親としてカッコいい!!と言いたくなってきます。

子供たちを積極的に守ろうとする様は、まさに「こうあってほしい父親の姿」ではないのでしょうか。

「こんな親になりたくない」を体現したシリリの父親と、「こうなりたい親の姿」を体現したひろしの対比は、とても興味深いものでした。

この「父親の姿勢」が、「宇宙人シリリ」の裏テーマではないかと言っても良いんじゃないかと個人的に思っています。

終わりに

「親の支配力」については、そんな感じに考えました。

まとめとしては、「あなたが「こうありたい」と思う親の姿ってどんな感じですか?」というのを聞いてくるようなテーマではないかというところですね。

「友情」のテーマが子供に向けられたものなら、「親の支配力」のテーマは大人に向けられたものというのが個人的見解です。

なので今年は、深いものを見せられたなぁという印象でした。

それでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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